大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(ワ)4367号 判決

原告

陳忠尹

右訴訟代理人弁護士

矢倉昌子

清金愼治

被告

勧角証券株式会社

右代表者代表取締役

加藤陽一郎

右訴訟代理人弁護士

尾﨑昭夫

川上泰三

新保義隆

井口敬明

主文

一  被告は原告に対し、四七八万三九五〇円及びこれに対する平成六年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  申立て

一  原告

1  被告は原告に対し、一九八六万八六一五円及びこれに対する平成六年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告従業員の投資信託取引勧誘が不法行為(使用者責任)、予備的に債務不履行に当たるとして、損害賠償を求めるものである。原告が不法行為ないし債務不履行になるとする取引は、別紙「取引経過」のうち、番号6ないし8、30、35、37ないし41(以下、これを「本件各取引」という。)である。

一  争いのない事実等

1  当事者

原告は、台湾に居住する台湾人の男性である。

被告は、有価証券の売買等を目的とする株式会社であり、原告との取引支店は梅田支店(大阪市北区梅田一丁目二番二―一〇〇号所在)であり、原告を担当したのは、投資相談課主任田尾圭子とその上司に当たる投資相談課長武藤忠雄であった。

2  事実の経過

(一) 原告は、昭和六三年六月ころ、台湾において、被告梅田支店の田尾から、国際電話により、投資信託取引の勧誘を受け、これにより本件各取引を行い、また他の取引を行った。

被告梅田支店における取引は、昭和五九年からあり、その終了までの取引状況は、別紙「取引経過」のとおりである。

(二) 武藤は、原告に対し、昭和六三年七月六日付で、「先日お買付いただきましたネオセレクトファンドについて運用利回りは現在の銀行預金の利率を下回らない事をお約束いたしますネオセレクトファンド88インデック2000万円 ネオセレクトファンド88ボンドプラス2000万円について保障致します」と記載した書面(以下「本件書面」という。)を交付している。

二  争点及び主張

1  被告従業員の違法行為

(原告)

(一) 適合性の原則違反

原告は外国人であって、過去に日本語の教育を受けたことと昭和四七年ころから日本と商取引をするようになったことから、昭和六三年ころには、日常の簡単な会話程度はできたが、難しい話はできず、またひらがなや漢字混じりの文章を書くことはできない。受益証券説明書のような書面は読むことができない。そしてまた、原告は株の取引をしたこと、証券会社と取引したことはなく、本件各取引前の五件の取引は原告の長男が日本留学中に原告名義でしたものであって、原告は投資信託の何であるかを理解する能力がなかった。このような原告に本件各取引を勧誘したのは適合性の原則に反するというべきである。

(二) 利回り保証による勧誘

原告は、昭和六三年六月ころ、被告梅田支店の女子従業員田尾から、国際電話により勧誘を受けた際、自分のような海外在住者は、証券のような変動のあるものにはついていけない旨告げて断ったが、同従業員は、上司である武藤の指示を受け、「投資信託は株式とは関係がなく、絶対大丈夫です。元本も保証されており、銀行預金と同じように考えてもらって構いません。」と熱心に勧め、さらに、同従業員は、「課長が、銀行預金以上の利回りを保証すると言っているので、是非取引をして欲しい。」と勧誘した。国際電話での会話であり、投資信託がいかなる商品であるかについての説明もなく、たとえ説明があっても原告には理解もできなかったが、被告が銀行預金以上の利回りを保証すると約束したことから、原告は取引に応ずることとした。

ただ、原告は、約束だけでは不安であったので、右保証する旨を文書で約束してくれるよう請求していたところ、昭和六三年七月六日付で、元本及び銀行の利率を下回らない利回りを保証する旨の本件書面が、被告梅田支店投資相談課々長武藤忠雄名義で送られてきた。

原告はこの文書が送られてきたことから、投資信託は銀行以上の利回りは確実に保証されるものであると、さらに信用して、銀行預金をするつもりで、その後も投資信託をするようになった。

右の田尾、武藤の勧誘行為は、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法五〇条一項一号、三ないし五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条等に反するもので、私法上も違法なものである。

(被告)

(一) 原告の主張はいずれも否認する。その主張は、特定不十分といわなければならない。

(二) 原告は、少年時代から日本語教育を受け、日本語の素地があった上、昭和四七年ころから日本からの輸入の仕事をするようになって、年に数度日本に来たり、電話で商談もするなど、昭和六三年ころには、日本人と変わらない位自在に日本語で会話することができたのであり、また、読み書きもできた。そして、台湾又は香港において証券取引の経験を有したと聞いており、証券取引が投機的なものであることを十分に知って本件各取引をなしたもので、適合性の原則に反するところはない。

(三) 被告は、原告に対して利回りを保証したことはない。原告主張のメモ書きは、過去の実績を記載したものである。

2  債務不履行

(原告)

証券会社は、顧客からの委託を受けて証券取引を行うものであって、商法上の問屋の地位を有し、委託者である顧客に対して、善良なる管理者の注意義務をもって、事務を処理する義務を負う(商法第五五二条二項、民法六四四条)。その義務は、証券取引の執行だけではなく、取引の勧誘等においても、付随義務として認められるべきで、具体的な善管注意義務の内容は、前項に記載した投資者保護法制の遵守である。

(被告)

原告主張の善管注意義務の内容は特定不十分であって、根拠も明らかでない。

3  原告の損害

(原告)

原告は、本件各取引により、別紙「損益計算表」記載のとおり、八一一万五九五三円の損失を被ったばかりでなく、右取引に支出した金額を定期預金にしておれば、同表記載のとおり、一一〇七万六七七五円の利益を得られたものであって、その合計一九一九万二七二八円が原告の損害となる。これに対する、弁護士費用二〇〇万円を加えた二一一九万二七二八円のうち、一九八六万八六一五円を請求する。

原告が請求する損害賠償の範囲は、被告及びその使用人の違法な行為によって発生した得べかりし利益の損害である。つまり、原告が被告を通じて投資した金員は、被告の違法な勧誘行為がなければ、当然にしかるべき銀行に預金され、当然に金利が発生して収益となっていたものであるから、右金利相当分は得べかりし利益として損害となる。

(被告)

原告の請求する損害額は、被告が保証したと主張する銀行預金の利息額まで含むものであり、実質的経済的に利回り保証の履行を求めるものであるが、かかる利回り保証の約束は健全な証券取引秩序を損なう反社会的行為として公序良俗に反し無効なものである。右約束が無効となっても結果的に右保証の利益を得ることができるとすれば、これを公序良俗に反するとした趣旨が無意味に帰してしまう。したがって、法律構成の如何に関わらず、利回り保証の約束の履行と同様の効果を求める請求は否定されるべきである。

また、本件各取引については、別紙「収益分配金支払内訳」記載のとおり、分配金の支払いがなされているから、これが損害額から控除されるべきである。

4  過失相殺

(被告)

仮に被告に損害賠償責任があるとしても、原告は、被告梅田支店に来店の折り、また、以前に投資信託を買い付けた折りなどにその説明を受けているのであって、原告にも相応の過失があるので、過失相殺されるべきである。

(原告)

原告は、本件各取引について、十分な説明を受けていない。

第三  争点に対する判断

一  被告従業員の違法行為

1  被告は、原告の主張が特定不十分というが、特定に欠けるところはない。

2(一)  原告は、一九二八年(昭和三年)六月三〇日台湾生まれ、今日まで台湾に居住する者で、国民学校の六年間日本語を習ったが、卒業後は日本語を使う機会はあまりなく、終戦後日本語の使用は禁止されていた。原告は、卒業後、米屋に五年、病院の薬局に五年勤めた後、薬剤師を雇い、薬品を病院に販売する仕事を始め、昭和四七年ころから、飼料に加える添加物を日本から輸入するようになり、観光を兼ねて、年に二、三回、日本を訪れるようになって、日本語は日常会話程度は可能となったが、読み書きについては専門的な文書が読めるほどにはなっていない。(以上、原告本人)

なお、原告は、漢字が殆ど読めないようにいうが、台湾でも漢字は使用されており、取引明細書方式申込書(乙第八号証)には日本における住所及び氏名を漢字で流暢に記載していること、本件書面に加筆を求めた際、加筆内容を理解していたことは明らかであり、通常の文書程度は読むことができたものと認められる。

(二)  原告は、昭和五五年九月ころ、大阪市中央区(旧東区)島町二丁目にマンションを取得し(乙第九号証)、長男の陳添桂が昭和五八年から日本に留学して、同所に居住していたが(原告本人)、昭和五九年一〇月、一一月に、別紙「取引経過」記載の番号1ないし3の取引をした。番号1の取引をした同年一〇月三一日、原告は被告梅田支店に赴き、田尾と営業課長小川智久に面会している。その後、原告は、来日の度に被告梅田支店に寄り、田尾に会って取引残高などの確認をしており、昭和六二年に至って、番号4、5の取引をしている(原告本人、甲第一三号証の一)。原告は、右取引をしたのは、陳添桂であるというが、金額が高額なことと原告自身が被告梅田支店に赴いたことからすると、右各取引について原告も了解していたものというべきである。

(三)  昭和六三年六月二一日、田尾は、台湾の原告方に国際電話して株式型の投資信託を勧誘した。その際、田尾は、定期預金の利息より有利であること、期間は五年であるが、二年経過すれば引き出せると説明したが、原告はその勧誘を断った。しかし、田尾は、原告に対し、その後も数回電話し、課長が元本と利息を保証すると言っていると告げたので、同月二三日、原告は、課長が保証書を書くなら取引をしてもよいと答えるに至り、五〇〇〇万円程度の取引をすることになった。原告は、同月二七日、四五〇〇万円を送金し、これにより本件各取引のうち、番号6ないし8の取引がなされた。(以上原告本人)

そして、武藤は、同年七月一八日、原告に対し、同月六日付の「運用利回りは現在の銀行預金の利率を下回らない事を約束する」旨記載した書面を送付した。しかし、原告は、これに保証するとの文字がないことを不満に思い、同年八月ころ、日本を訪れた際、被告梅田支店に寄り、田尾及び武藤と面会して、右書面に保証する旨の文言を書き加えるように要求した。武藤は、これに応じて書き加え、本件書面が完成した(甲第一号証、第一〇号証の一、二、原告本人)。

被告は、本件書面が過去の実績を書いたものに過ぎないというのであるが、これが将来の利回りを保証した文書であることはその記載自体から明白である。そして、証人武藤は、右書面は、原告がその作成日付の日ころに支店に来店して、執拗に文書の作成を求め、これが過去の実績を記載した趣旨であることを了解して受取ったと述べるところであるが、過去の実績を記載したにすぎない書面の作成を執拗に求めるはずもなく、また、その作成したと述べる日ころには、原告は日本に来ていなかったことは明白で(甲第一四号証)、同証人の供述は採用できないところであり、右書面は、原告の述べるように郵送されたと認められる。そうであれば、田尾及び武藤は、利回り保証をする旨告げて、本件各取引を勧誘したといわなければならない。

3  以上の事実に鑑みるに、原告は、日本語の理解力も無い訳ではないし、その社会的地位、資産状況からみて、適合性の原則に違反するところはない。

4  そこで、田尾、武藤の勧誘行為が利回りを保証してなされたものかどうかについて検討するに、本件各取引については、電話による勧誘であり、田尾としては過去に投資信託取引をしたことがあるとの理解であったから、初めて取引をする者に説明するように説明したとは考えられず、詳細な説明はなされなかったと認めるべきであるが、本件各取引前の原告名義の取引について、原告は承知していたものというべきであり、その取引については、説明書等が大阪市のマンションにではあるが送付されており、これを見る機会はあったと考えられること、原告自身、その取引に関して何度も被告梅田支店を訪れていたことが認められ、原告は、投資信託が元本を保証するものではないことを承知していたものというべきである。それ故にこそ、取引の際、利回り保証を書面で求め、送られてきた書面の内容が不満でさらに保証文言の記入を求めたものといいうる。

しかしながら、田尾及び武藤が、利回り保証をして証券購入を勧誘したことは、原告が外国人であってかかる保証が禁止されていることを知っていたといえず、その保証を提案したのが、田尾からであったことを勘案すれば、これを違法といわなければならず、原告に対する不法行為に当たるというべきである。ただし、田尾、武藤が保証したのは、前記番号6ないし8の取引であって、その後の平成元年九月以降の取引は、本件書面作成後一年以上経過した後の取引であり、これについてまで利回りを保証したとはいえず、原告がこれについて元本を保証するものではないことを知っていたと認められる以上、不法行為となるものではない。

二  損害

1  前記番号6ないし8の取引について、売却時購入価額との差額に合計六四五万五五〇〇円の損失が生じたことは争いがない。ただし、右各取引については、合計一六四万円の収益分配金が支払われており(乙第三号証の一八ないし二四)、現実に生じた損害は、これを控除した四八一万五五〇〇円となる。

2  原告は、右不法行為となる各取引に提供した資金についての得べかりし利益の損害賠償を求め、右資金を本件の資金として提供しなかった場合には当然にしかるべき銀行に預金され、当然に金利が発生して収益となっていたものであると主張するところ、かかる主張も、利回り保証の約束の履行を求めるものとして直ちに失当となるものではないが、事業者が資金を何に運用するかは不確定であって、別紙「取引経過」の本件各取引以外の取引状況からも明らかなように、原告が資金を定期預金以外に使用していないということはないのであって、原告が本件各取引をしなければ、その資金を必ず預金していたとはいえず、原告主張の得べかりし利益は認めることができない。

三  過失相殺

前記のとおり、原告は、被告従業員の利回り保証によって、前記各取引をしたものであるが、原告も投資信託が元本及び利回りを保証した証券でないことを知っていたものであり、そうであれば、原告にも過失があるというべきであり、その過失割合は一割をもって相当とする。してみれば、被告が原告に賠償すべき額は、四三三万三九五〇円となる。

四  弁護士費用

弁護士費用は、四五万円を相当とする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官松本哲泓)

別表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例